相続人と連絡が取れない場合の相続手続の進め方
1 はじめに
相続手続は、相続人全員で進めていくのが原則です。
もっとも、相続人全員と連絡をとることが容易ではない場合もあります。
例えば、
・被相続人と不仲な相続人
・被相続人の前の配偶者との子
・相続人の一人がすでに亡くなり、その子が(代襲)相続人となる場合
などは、連絡を取りにくいことが予想されます。
このコラムでは、相続人と連絡が取れない場合の相続手続の進め方について解説いたします。
2 連絡が取れない相続人がいる場合、勝手に相続手続を進めることはできる?
連絡が取れない相続人がいる場合、その相続人を抜きにして勝手に相続手続を進めることはできません。
なぜなら、連絡が取れない人でも、相続人としての権利が発生しているので、その権利を無視して遺産分割を進めることはできないからです。
そのため、その相続人抜きで遺産分割協議書を作成しても、法的な効力はありません。
たとえ法定相続分どおりに分けようとする場合であっても、このことは変わりありません。
3 連絡が取れない相続人がいる場合、相続手続をどのように進める?
(1)住所の調査
相続人の中に、連絡先が分からない人がいる場合は、住所の調査から始めることになります。
戸籍の「附票」を取得すれば、住民票上の住所が記載されているので、住所を調べることができます。
戸籍謄本類を取得できる人の範囲には、法律上の定めがあります。
自分の入っている戸籍であれば取得できるのはもちろん、親が子の戸籍謄本類を取得したり、子が親の戸籍謄本類を取得したりすることは可能です(戸籍法10条1項)。
他方、それ以外の場合(主に、婚姻によって他の戸籍に移った兄弟姉妹の戸籍謄本類を取得したい場合)には、「正当な理由」が必要とされています(戸籍法10条の2第1項)。
そのため、この場合の戸籍謄本類の取得にあたっては、役所の運用にもよりますが、申請書や本人確認書類だけでなく、相続手続を進めるために戸籍謄本類が必要だという「正当な理由」を示す各種書類を用意する必要があります(自分の戸籍謄本類、遡って取得した被相続人の戸籍謄本類など)。
さらに連絡先を探している相続人がさらに他の戸籍に移っている場合には、戸籍を一つずつ辿って、現在の戸籍謄本を取得する必要があります。
(2)住所地に手紙を送る
住所が分かった相続人に対しては、まずはその住所に手紙を送ってみることから始めましょう。
連絡を取っていなかった相続人であれば、被相続人に対して良くない感情を抱いている場合もあるため、無視されたり、話し合いが円滑には進まなかったりする可能性があります。
そのような相続人にも納得してもらえるように、被相続人が亡くなったので相続手続を進める必要があるということを丁寧に説明しましょう。
どのような反応をするかはその相続人によりますが、被相続人のことに関わりたくないと考えて、相続放棄をする方も珍しくありません。
相続放棄は、原則として被相続人が亡くなったことを知ってから3か月の期限があります。
例えば、最初の手紙で相手方に不信感を抱かせてしまうと、3か月が経過してしまって相手方も話し合いに参加せざるを得なくなり、余計に話し合いが進みにくくなるおそれもあります。
このような点からも、相手方の立場に配慮した対応をとることが無難でしょう。
また、その相続人が相続をしたいと考える場合であっても、真摯な態度で臨めば、話し合いが進めやすいでしょう。
(3)協議がまとまらなかった場合
住所が分かったものの、遺産分割協議がまとまらなかった場合は、遺産分割調停・審判という家庭裁判所の手続きを利用することができます。
調停とは、調停委員という第三者を介して話し合う手続きで、審判とは、裁判官に判断してもらう手続きです。
調停では、第三者を間に入れることで、冷静に話し合いを進めることが期待できます。
審判では、相手方が話し合いに応じようとしない場合であっても、裁判官の判断によって遺産分割をすることができます。
そのため、協議がまとまらなかった場合でも、調停・審判の手続きを利用することで、相続手続を進めることが可能となります。
(4)調査した住所にいない場合
もし住民票上の住所を調べることができても、住所変更の手続きをすることなくどこかに引っ越していて、実際の現住所が分からない場合もあり得ます。
そのような場合には、次の手続きをとることが考えられます。
・不在者財産管理人の選任:元の住所を去った人の財産の管理人を裁判所に選任してもらう手続き
・失踪宣告:元の住所を去った人の生死が7年間(災害等で生死不明になった場合は1年間)明らかでない場合に、その人が死亡したものとみなす手続き
不在者財産管理人を選任した場合は、連絡が取れない相続人の代わりに不在者管理人を加えて相続手続を進めることになります。
失踪宣告の場合、その相続人の子の有無や、元の住所を去った時期によって進め方が異なります。
元の住所を去った時期から7年経過時点で死亡したものとみなされますので、これが被相続人の死亡の前であれば、その相続人の子が代襲相続人として相続人に加わることになりますし、これが被相続人の死亡の後であれば、その相続人を相続する人が権利を相続して話し合いに加わることになります。
失踪宣告の方が、人が死亡したことにするという重大な効果があるため、認められにくい傾向にあります。
なお、これらの手続きを申し立てた結果、居場所が分かることもあります。
4 連絡が取れない相続人がいる場合、相続手続を放置するとどうなる?
(1)預貯金が引き出せない
被相続人の預貯金は、相続人の一人が勝手に引き出せるものではなく、相続人全員の署名押印のある遺産分割協議書や、遺産分割の調停調書が必要になります。
預貯金の一部を引き出すための仮払いの制度はありますが、預貯金の大部分については、相続手続を進めないと、引き出すことができません。
(2)不動産の活用や登記ができない
被相続人名義の不動産がある場合に、相続手続を進めないでおくと、いつまでも相続人全員が不動産について(法定相続分に応じた)権利を持つことになってしまいます。
そのような不動産については、他の相続人との関係で、できることが制限されてしまいます。
不動産を売却したり、建物を建築・解体・増築したりすることは、相続人全員の同意がない限りできません。
不動産の賃貸についても、できない場合が多いと言えるでしょう(建物の短期間の賃貸の場合で、相続人の過半数の合意があれば、共有物の管理行為としてできる余地もあります)。
また、遺産分割をしなければ権利(不動産の取得者)が確定しないので、相続登記もできません。
令和6年4月からは不動産の相続登記が義務化されますので、相続登記には注意が必要です。
【相続登記の義務化について詳しくはこちら】
●相続登記が義務化されます。遺産分割が済んでいない方はお早めにご相談ください。
(3)数次相続になるとさらに複雑化する
遺産分割をしないまま放置していると、相続人の中に亡くなる人が出てきて、二重三重に相続が発生することになります。
それにより、相続人の数が増えると、なおさら相続手続を進めることが難しくなってしまいます。
(4)相続税で損をする場合がある
遺産が一定の額を超える場合、相続税を申告する必要があります(遺産の額が「3000万円+600万円×相続人の数」を超える場合)。
遺産分割をしていない場合であっても、相続税の申告は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。
相続税の申告において、被相続人の配偶者が相続する場合や、被相続人の自宅を同居の親族が相続する場合には、配偶者控除や、小規模宅地の特例の適用を受け、相続税を軽減することができます。
これらの適用のためには、原則として、遺産分割が成立していることが必要です。
そのため、早めに遺産分割をしないと、配偶者控除や小規模宅地の特例を受けられないまま、相続税を納めることになってしまいます。
5 まとめ
以上のように、連絡が取れない相続人がいる場合でも、相続手続を進める方法はあります。
相続手続を放置することはデメリットが大きいため、放置せずに手続を進めることをお勧めいたします。
もっとも、戸籍謄本類の取得や、連絡を取ってこなかった相続人との話し合いを負担に感じられる方も多いのではないでしょうか?
そのような場合には、ぜひ一度、お気軽に当事務所までご相談いただければと思います。
(弁護士・神琢磨)