遺産相続に関する時効と期限について
遺産相続の手続きでは、さまざまな種類の時効や期限が設けられています。
時効については最短で1年のものがあり、期限については最短で3か月のものがあります。
そのため、遺産相続の手続きを行うにあたっては、そのような種類の時効や期限があることに注意して、被相続人が亡くなった時から速やかにスケジュールを立てて、各手続きを進めていく必要があります。
このコラムでは、遺産相続に関する時効と期限について、分かりやすく解説をしていきます。
1 時効と期限の区別
時効と期限は、法律では以下のように区別されています。
時効:時効期間を経過すると、権利を行使できなくなる。
期限:家庭裁判所等の公的機関との関係で行う手続きについて設けられていて、期限を経過した場合の効果は、各手続きによって異なる。
また、遺産相続では、さまざまな種類の時効や期限が設けられていますが、その種類は、以下のとおりとなります。
【時効についての一覧表】
手続き
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時効期間
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---|---|
遺留分侵害額請求権
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相続の開始および遺留分を侵害する贈与や、遺贈があったことを知ったときから1年 |
相続した債権
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権利を行使できることを知ったときから5年 |
相続回復請求権
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相続権を侵害された事実を知ったときから5年 |
相続税の徴収権
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法定納期限(または更正や決定の日)から5年 |
※手続きによって、時効期間は異なります。遺留分侵害額請求権の時効期間は1年と短く、とくに注意が必要です。
【期限についての一覧表】
手続き
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期間 |
---|---|
相続放棄
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相続の開始があったことを知ったときから3カ月後 |
準確定申告
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相続の開始を知った日の翌日から4カ月後 |
相続税申告
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相続の開始を知った日の翌日から10カ月後 |
相続登記
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相続の開始および不動産所有権の取得を知った日から3年後 |
相続税の更正や決定
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法定申告期限から5年後または7年後 |
※相続放棄の期限は3カ月、準確定申告(亡くなった方の生前の所得税に関する申告)は4カ月など、期限が短いものがあることに注意が必要です。
2 相続に関する時効
時効は、遺産相続に関して発生する請求権(相手方に対して金銭の支払いなどを請求する権利)について問題となります。
ここでは、遺産相続に関して発生する請求権の概要と、各請求権に設定された時効期間について解説します。
(1)遺留分侵害額請求権
遺留分侵害額請求権とは、遺言や生前贈与によって侵害された(確保されなくなった)遺留分について、侵害額に相当する金銭を請求する権利のことを言います。
遺留分とは、相続に際して、一定範囲の相続人に対し、被相続人(亡くなった方)の財産のうち、一定の割合を最低限引き継ぐことを保障する制度を指します。
そして、遺留分を侵害されている場合には、それによって利益を得ている相続人や相続人以外の受益者(遺言や生前贈与で利益を受けた者)に対して、遺留分侵害額請求ができます。
遺留分侵害額請求権の時効期間は、相続の開始および遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知ったときから1年です。
また、相続開始(被相続人の死亡)から10年を経過したときも、遺留分侵害額請求権は時効により消滅します。
(2)相続した債権
被相続人が死亡した時に有していた請求権(債権)は、相続人へ相続されます。
相続される主な請求権の例としては、預金債権、貸付(貸金)債権があります。
相続した請求権は、その発生時期によって、5年または10年の期間が経過すると時効により消滅します。
2020年4月1日以降に発生した請求権は、権利を行使できることを知ったときから5年、権利を行使できるときから10年のいずれからの期間が経過すると時効により消滅します。
それより以前に発生した請求権は、権利を行使できるときから10年の期間が経過すると時効により消滅します。
(3)相続回復請求権
相続回復請求権とは、相続人ではないにもかかわらず相続人であるかのように振る舞って遺産を勝手に管理や占有している場合に、真の相続人が遺産の取り戻しを請求する権利です。
例えば、相続欠格に該当して相続権を失った人が、相続権を主張して遺産を管理・占有している場合には、相続人は相続回復請求ができます。
相続回復請求権の時効期間は、相続権を侵害された事実を知った時から5年です。
また、相続開始(被相続人の死亡)のときから20年が経過した場合も、時効により消滅します。
(4)相続税の徴収権
被相続人の住所地を管轄する税務署は、相続税の徴収権を有しています。
各相続人は、税務署に対する申告の内容に従って、相続の開始(被相続人の死亡)を知った日の翌日から10か月後(法定納期限)までに相続税の納付をしなければなりません。
相続税の徴収権の時効期間は、法定納期限から5年です。
ただし、税務署による更正または決定があった場合、時効期間は更正または決定の日から5年となります。
実際には、法定納期限が過ぎると早い段階で税務署から督促が行われますので、相続税の徴収権の時効が問題となることはほとんどありません。
3 相続に関する期限
期限は、遺産相続について公的機関との関係で行う手続きで問題となります。
期限が経過した場合に発生する効果は、各手続きによって異なります。
ここでは、遺産相続に関する主な手続きの概要と、期限が経過した場合に生じる効果について解説します。
(1)相続放棄
相続放棄とは、遺産を一切相続しないという意思表示のことで、家庭裁判所に対して、相続放棄申述書を提出して手続きを行います。
相続放棄をすれば、初めから相続人ではなかったものとみなされます。
とくに被相続人が多額の借金を負っていたケースでは、相続放棄は有効な選択となります。
相続放棄の期限は、原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内です。
ほかの相続人の相続放棄によって相続権が回ってくる第2順位相続人、第3順位相続人の場合は、自分より前の順位の相続放棄を知った時から3か月以内ということになります。
相続放棄の期限が過ぎると、相続を単純承認したものとみなされ、被相続人の借金を相続しなければならなくなります。
ただし、実務では、相続放棄の期限については多くの例外が認められています。
特に、被相続人との生前の交流が無く、死後だいぶ経ってから借金が判明した場合は、その借金の存在を知った時から3か月以内に相続放棄申述書を家庭裁判所へ提出すれば、相続放棄が認められるケースがほとんどです。
相続放棄の期限の例外について詳しくはこちら
(2)準確定申告
所得税は、毎年1月1日から12月31日までの1年間に生じた所得について計算し、その所得金額に対する税額を算出して翌年の2月16日から3月15日までの間に申告と納税をすることになっていますが、年の中途で死亡した人の場合は、その人の相続人が、1月1日から死亡した日までに確定した所得金額および税額を計算して、申告と納税をしなければなりません。
これを準確定申告といいます。
準確定申告の期限は、相続の開始(被相続人の死亡)を知った日の翌日から4か月後となり、所得税の納期限も同日です。 準確定申告の期限を経過した場合、本税に加えて加算税が加算され、通常よりも多くの税金を負担しなければならなくなる可能性があります。
(3)相続税の申告
以下のいずれかに該当する場合には、相続税の申告が必要となります。
①課税対象財産の総額が、基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)を超えている場合
②小規模宅地等の特例の適用を受ける場合
③配偶者の税額の軽減の適用を受ける場合
相続税の申告について詳しくはこちら
申告先は、被相続人の死亡時の住所地を管轄する税務署です。
相続税の申告の期限は、相続の開始を知った日の翌日から10か月後となり、相続税が発生する場合の納期限も同日です。
相続税の申告の期限を経過した場合、本税に加えて加算税が加算され、通常よりも多くの税金を負担しなければならなくなる可能性があります。
(4)相続登記
不動産を相続した場合、早い段階で相続登記の手続きを進めるべきです。
2024年4月1日に施行される改正不動産登記法により、以下の事実の両方を知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務付けられる予定となっています。
①自己のために相続の開始があったこと
②自分が不動産の所有権を取得したこと
改正不動産登記法の施行後、相続登記の申請をする義務を怠った場合には、「10万円以下の過料」に処される可能性がありますので、注意が必要です。
相続登記の義務化について詳しくはこちら
(5)相続税の更正・決定
相続税の申告が適切に行われなかった場合、税務署長による更生または決定が行われることがあります。
更正とは、税額等の計算が法律の規定に従っていなかった場合に、その税額等を変更する行政処分です。
決定とは、納税申告書の提出義務を怠った場合に、税額等を変更する行政処分です。
相続税の更正・決定の期限は、原則として法定申告期限から5年後です。
期限を経過した場合、税務署長は更正・決定を行うことができません。
ただし、脱税にあたるような悪質なケースの場合には、法定申告期限から7年後が期限となります。
4 まとめ
このように、遺産相続の手続きでは、さまざまな種類の時効や期限が設けられているため、各手続きの時効・期限の把握とスケジュール管理が重要となります。
もれなく遺産相続の手続きを行うためには、弁護士などの専門家に相談されることをお勧めします。
(弁護士・山口龍介)